そのどちらに毒が仕込まれているかを案ずるのは最早奸計であり、ある種の謀略であるようにさえ思われた。
どちらか一方でなく、どちらともに存在すると認める醜怪な執念を持たずして、誰がこの手を伸ばし得ようか。
余りある強勇さを持ってしても、不可能の事の様に思われた。
私の眼前に、眼鏡の、硝子玉の奥から睨め付ける鋭い鋒が立ち現れる。瞳から迸る疑いようの無い燦然と輝く殺意と、又それに相応しく妖しげな感じを纏った微笑みとが、整った面立ちに浮かぶ筆舌に尽くし難い表情の下、不均衡を更に強く印象付けている。
私は肩を震わせた。
「どうしたんだい。冷めてしまうよ?」
指先が震えている事すら忘れて、テーブルに並べられた紅茶に手を伸ばした。
金縁の、白磁が目に眩しいカップがソーサーから引き離される。もしかするとそれが永遠の別れにならないとも限らなかった。数秒後、このカップは二度とソーサーの元には戻らないかも知れない。粉々になったカップを目にして、彼は漸く利用された事に気付くだろう。
また或いは、カップの横にこれでもかと蓄えられたシュガーポットが白い腑を晒している様などには動悸が止まらなかった。
私は依然、相対する男を信じようとすらした。
「ああ、そうだ。お茶に合う菓子折があったんでした。今持って来るから、待っていて」
男が席を離れ、それまで部屋中に張り巡らされていた罠糸が一瞬間緩んだ気がした。
何よりも真っ先に、私は手を胸元まで引き戻し大きく息をついた。
無口な彼らとの距離は元通りになった。再び、座した私との奇妙な空間を共有する羽目になるのだ。何という不幸か。
いや待て、痺れを切らせて席を立ったのでないとすれば、男は何をしに私を視界から外したのだろうか。
角砂糖、或いはティーカップ。
私の眼の奥で、白く甘やかな立方体と、白い陶磁器の二つが一緒くたに溶解して一つの形を取り始めるのだが、やがて泥のような粘度を保ちながら滴っていってしまうのだ。
信じようとすればするほど輪郭を失っていく様など、正しくあの男そのものである。私は慄いた。
これは罠?ほんとうに?
最早自問すら曖昧なこの肉の器を飛び抜けて、口蓋から外へと漏れ出しているのではないか。でないとするなら、私の内側に引火性の瓦斯の様な速度で生じつつある疑惑の行き場を何処に求めたら良いのか。一歩間違えば、瞬く間に火の手は私を呑み込んでしまわないと誰が言い切れようか。
今あの殺人者がするであろう行為が私を陥れる為の罠ではないと仮定すると、奇妙さはより鮮明に頭蓋へと叩き付けられた。
意を決して、私は席を立つ。座り心地の決して悪くはないソファーに批難の軋みを一つ貰うと、益々掌が汗ばんで来た。冷汗と動悸とが耳鳴りを生じさせ、歩みは遅く鈍くなっていた。