↑古↓新 ◼︎短文
  • 截断日記

    さいだんにっき

  •  「俺のこと好きなの」 「どっちかっつーと嫌いだけど」 墓場まで持って行ける自信はない。 当然、曝け出し過ぎるお前と比べてくれるな。 「……よく抱けるな」 人で無し。心底呆れた後 自虐する口元。 こんな時間まで付き合ってやってんのにその口振…

  • 言えない傷

     歯ブラシと剃刀 「……いった」 嘘だ。いくら何でも。疑ってみても目の前の鏡に映る顔にはあってはならない赤い線が一本。 プラスチックの黄色いコップの中から覗く歯ブラシ。手には、柄の色のよく似た、もう錆び付いてしまった剃刀。切れた唇をひと舐め…

  • 轢死

     しくじった しくじった。 「あらら、結構やったなぁ」 「大丈夫だろ、多分」 「おい、骨折れてないよな?」 下らない会話が頭上から降り注ぐ。どうせその上からまた新たに築き上げる色鮮やかな傷のお陰で、そんなもの杞憂だと知れ。それで満足いくまで…

  • ◼︎ピュクシス

     ぱきん、と弾ける。 割れる。 盲目と憐憫とに脅かされて 砕けてしまう。一欠片を残さず、温く溶け出した。抗いもせず、無慈悲に歯を立てる。 が゛りん顎から伝わる感覚は、凡そ不愉快な感傷を挽き砕く振り子の様に何度も何度も、噛み砕いては喉の奥が冷…

  • 瘡蓋

    死に損ないと

  • ふっかつの

    『ああああああ』

  • 後先

     『「無関心」でいてあげるんだから、騒がないでよ』 殺意より強い感情は湧かなかった。殺したくはならない。只死んで欲しいという冷ややかで他人行儀な諦念を抱く。視界からではなく、存在毎無くなって下さいと。蝿を手で払う様な、倦んだ感覚。 動機は、…

  • ◼︎蜂蜜漬け

     どろ、どろ 黄金色に輝く液体の中で、烏が揺蕩っている。微睡みに抱かれて、汚泥の夢を見ていた。 黒く蕩け 沈む嘴。蜜を割き落ちる趾。 眠くなるまで、共に解けていく。瞬きをする砂になり、瞳の上に降り注がれる。 どろ 呟くと、一呼吸遅れて 『僕…

  • いばらとしらゆき

     扉にのたくう有刺鉄線は、眠りに就いた国を守る為に張り巡らされた荊になった。助けは来ない。魔女も小人も死に絶えた。 けれどわるいろうばの差し出した果実を奪う口付けに毒なんてものが仕込まれていたらきっと、迷わず 僕は 食べてしまうに違いないの…

  • ピアス

     『見逃してやっただろ?』 無邪気に、年上の癖にそんな風に笑う大人は考え得る限り、さいてーだ。 「お前、開け過ぎ」 「なにすんすか」、と思わず声を荒げてしまい噎せ込んだ。絵面的には不良に絡まれたメガネ君、とかそういうシチュエーションだが残念…

  • 塞ぐ

     塞いでしまいたくはないのに、代用を詰めて埋めておく癖がある。詰物が外れてもどうにかして代わりを務めてくれる何かを探す事に長けていた。宝探しは、いつもこんな喪失から幕を開ける。 失くしてから気付くなんて空寒い言葉が大好きな、噛み潰せるくらい…

  • 角砂糖、ティーカップ

     そのどちらに毒が仕込まれているかを案ずるのは最早奸計であり、ある種の謀略であるようにさえ思われた。 どちらか一方でなく、どちらともに存在すると認める醜怪な執念を持たずして、誰がこの手を伸ばし得ようか。 余りある強勇さを持ってしても、不可能…

  • chameleon

     爬虫類に似た目の色が何色にも移ろい出した時、ああまたかと安堵する。 俺は姿を変えられない。だから直ぐ捕まってしまうのだ。 『またバレたんだって』 『変装』と『擬態』の違いとは何か。 時折同じ嗜好を持つ知合いと会話に登る事があった。度々話題…

  • グラス

     割ってしまうくらいなら、大切にしたいものは使わない。だから手元に残るのは大抵要らない物ばかりだった。 いつの間にか皹が入っていたり、欠けていたり、失くしてしまったりを繰り返す内に、いつしか失望が先に立つようになってしまって。 時折、本当に…

  • 心臓を流す

     ぽっかりと存在していた筈の空洞に、詰め物をしてしまったような感じだ。『どんな感じだそれ』と、不可思議そうな声で訊かれたものだから答えてやった。 「消された感じ」  『消すって、何を』 「空っぽ」 『初めから無かったものは消されたって言わな…

  • 嵌合体

     世話焼き×被虐趣味  盲目と信仰を肴に呷る酒の不味さ、悍ましさ 真っ赤な海が血を吐いて 真っ白な空が黒い雨に濡れている。 「はなすな」 「離すなよ」  再三の警告に無言を貫いた。締め続けた指が少しずつ白み始め、反比例して眼下の顔は段々と赤…

  • day1&2

    day1人外×人外 色んな人間が居る。正確には、色んな姿形のなんだろうけど。  「ひとのフリすんの難し…​…​」 渡り廊下の外はというと沈痛な面持ちの自分など何処吹く風で、切り取られたままの風景が輪郭を置き去りにしてぼやけてしまう。整った中…

  • サンドリヨンの爪

     「なぁ」 ハッとして我に帰る。床一面にばら撒かれたそれをみて頭痛がした。 「…​…​悪い」 「いいよ。片付ける」 まただ。爪先から背筋に駆け上がる悪寒の波に飲まれそうになって、その光景から目を背ける。 昨日の言葉は何だったのか。何度でも繰…

  • ◼︎繭糸

     それで僕は 解けた自分の中で眠る 不帰と呼んで 哀しんで 惨めな涙を紡いだら 何個目かの僕の  できあがり。

  • 恵まれない幸運に

    悪魔×自殺志願者

  • 夏を口遊んで

    『おかあさん、お星さまってどこにおちるの?』 消えてくれと願われることがある。 消えないでいてと願うことがある。 流れる星の願いの中に、掬う望みがないとして。 『それはね』 手を伸ばす。いつか滲んで落ちてくるかも知れない光の為に。身勝手から…

  • もしも君になれたなら

      そんな錯覚を手にして ぼくはきみを壊してしまうかも。『佑太 いまどこ』  やけに多い人混みの中。辺りの喧騒はもうずっと長いこと静まる気配もないのに、その声を聞いた途端一瞬で全てが途絶えてしまったようだった。受話口越しのがさつい…

  • ◼︎衝動殺人

     飛び降りる彼が好きだと思う。 高い所から飛び立つ彼がただ愛おしいと思う。 低い地べたを這い回る俺と同じ細胞を持つなんてとても考えられないような存在証明に酩酊する。 この衝動の飼い殺し方を彼は教えて行かなかった。 生きた人間の愛し方を彼は殺…

  • ◼︎夢だと思って

     夢だと思って、俺は玄関前の人間にこう言った。 「今日は何時ですか」 夢だと思って俺は彼にそう訊いた。 「ええ、良い天気ですね」 夢だと思って、俺は彼の手を取った。 夢だと思って彼の指を手に取った。 夢だと思って、夢だと思って。

  • 放課後

     目の端に付かない方法を探している。窓際最前列の席から臨める、中庭で並ぶ影が伸びていくのを。 ホームルームを終えた教室にたった一人残っている理由を聞かれない事を祈りながら、赤錆びたベンチに座る二人は何を話しているのか大体の想像が付いてしまう…

  • わらう

     嗜虐 嫌いな物は何か? 蒙昧な無邪気さを装っている。  『人と食事を囲む事』 『人と並んで歩く事』 『誰かと一緒に』 最後の方はもうとうに興味も失せていて記憶の何処を探しても見つからなかった。 けれど けれど何だか俺は、そいつが同じ年まで…

  • 朝寝坊

    某所で書いたお題話

  • [お題]サイダー・鼻歌・急所

  • ◼︎ひとり

     独りっていうのは例えば 空いた駅のベンチに座って 定刻通りの電車を見過すこと 一人っていうのは例えば 雑踏に行き交う人に ぶつからないよう気を配ること  ひとりっていうのは例えば 向かい側に座る君から目を逸らして『知ってる』を砂糖だらけの…

  • ◼︎ない人

     歩いている。 首から上が寸断している人達を見る すたりすたり過ぎ行く足元の忙しなさに驚いている どうやら僕には人が半分から下しか見えていないのだが、首から上が真っ黒だらけ達の通り過ぎる風景は、やはりどうしても酷く無彩色なのであるし スニー…

  • カーマンライン

     予め定められた時間通りに消えた。ただそれだけの街灯に戸惑って振り返る。背後はただ暗いだけ。  捌けない雨水に艶めく石畳をブラックのオックスフォードが蹴って、軽快なステップを披露する。二歩、三歩。最後の四歩目は半歩で止まった。 差していた蝙…

  • 太陽

     見下ろした寒々しいアスファルトの上を、重苦しい曇天が覆っていた。モノトーンの濃淡で構成された景色に、もう一つだけ色を注ぎ足してやるべく振り上げた拳が悠々と阻まれた。そうはさせるか。 「痛った」 そう来るだろうと思ってフェイントを試みた。丁…

  • そして僕たちは壁を見て

     君は大丈夫だと言ってみる。 大丈夫。大丈夫、大丈夫。何も心配は要らない。だから安心して僕の前に出て来て、いつもみたいに。 『おはよう。今日はとても良い天気だよ。一緒に外に出よう』 「……おはよう」 どうしたんだい。やけに元気がない。 「そ…

  • 流れ

     階段に雪崩れ込む通勤客が、改札から地下鉄のホームに続く道のりを無言で流れていく。切岸から滝壺に向かって落ちる黒んだ水は淀みがなく、恐ろしいほど淡々としている。 くたびれたスーツを着た男がいた。つまりは自分。昨晩降った雨で増水した川縁に突っ…

  • 日曜日のテーブル

    食卓の向かい側で 月曜日の玄関。火曜日の窓辺。水曜日の踏切。木曜日の交差点。金曜日の陸橋。土曜日の非常階段。 繰り返して来た。 繰り返してきた。 毎週絶えず訪れるたった一日の夢想が他を完膚なきまでに蝕み続けた。そのテーブルで、料理を取り囲ん…

  • 敷衍、さみだれ

     花畑は定刻通りに過ぎた。途中ふっと振り返ってみる。でも間に合わなかった。その景色は列車の速度を追越せないまま遠去かり、やがて車掌が停車のアナウンスを入れた。 そろそろだ。 列車に飛び乗って訪れた保養地は白昼夢めいていた。小旅行気分の二人が…

  • ◼︎無造作な道端/won em llik

    無造作な道端won em llik 子供用の靴が欄干に似合わない 路面に大きなスーツケースが捨てられたまま 照明は廊下で明滅の頻度を増す 手も触れず開け放たれた電話ボックスの扉が身動ぐ よく冴えた、無造作な道端に。 

  • サアカス。或いは異界

    サアカス。或いは異界チャリネ 私はサアカスをどうも好きになれた試しが無い。 ロオプを渡る娘にしても、火の輪をくぐる猛獣にしても、張り詰めた緊張で雁字搦めに絡め取られて感嘆する暇などない。 舞台に立つまで掛かり得る時間……惨めたらしい端役達の…

  • 貪婪

     べちゃべちゃとした肉塊を食む。ベチャベチャ音を立てて嚥下されていく肉に思いを馳せる暇もなく食む、喰らう。 「美味いか。そうか」 頭の上で喜ばれると、皿の中で減らした分が追加された。何だったか、こんな風に次々と注いでは食べする風習を何処かで…

  • 未消滅

     免れようのない危惧からの逃避を求めている。 消滅を恐れながらふらふらと当て所なく蛇行する歩みの先に、雑踏から遠く離れた路地裏はある。その一番底から天辺を見上げる。細長く切り取られた黒い川が頭の上を流れているのに、真下に揺蕩う僕はどうしても…

  • 朝焼けには遠い色

    ◆朝焼けには遠い色  探していた。辿り切れない日々に埋もれて、まさかそんなものが残してあるなんて思いもよらないだろう。趣味じゃない色の灰皿は捨てておいたし、いつ置かれたか定かじゃないロゴの擦り切れたスニーカーも、いつしてたのか思い出せもしな…

  • 欠刻

    欠刻きれこみ 元からあるものについて考えることで、持て余した時間を有意義に使ったつもりでいる。 「……誰?」 手入れの行き届き過ぎた過干渉の結果出来上がった美しい花壇は花期にはほど遠く、蕾すらまだ顔を見せない。代わりに待ち受けていたのは見知…

  • ストレンジ

     「遅っせぇんだよ童貞」 「ひでぇ……」 口が悪い。目つきも悪い。態度も悪いし手癖も悪い。良い所何て覚えている限りひとっつもない。あー、外面は良い方になるだろうか。裏表の激し過ぎる人だとドン引きした記憶はまだ新しい。 「……早くしろ、おい」…

  • なるべくなら寒い夜に

     どこへ行くのだろう。離れて行くならなるべく寒い夜にして欲しい。そうして色んなことを言い訳にしたい。 ちりちりちり。ポケットでは合鍵が鳴っていて玄関はもうすぐそこにあるっていうのにどこへも行けなくなってしまうじゃないか。擦れた靴の踵を引き摺…

  • misfit

    misfit不適合 テイクアウト可、とデカデカと書かれたデジタルサイネージが眩しい。出す場所間違えてね?と言ったらアウェー丸出しかも知れない。でも何か癪だ。別に一見じゃないし。せめて近所のファストフード店で見たかった。何であの店持ち帰れない…

  • ラッチ

     鍵をした方がいい。アドバイスを貰った。 毎晩執拗に叩かれる。鍵のない扉は容易に開け放たれてしまってあまり意味がない。この続きはよく見るありきたりな展開だが、その悩みに対して得たのがこんな解法だった。 初めの内はそうかと納得して一つ掛け金を…

  • たからもの

     暗路を進む勇気もなく昼日中の街道を堂々と歩く自信もなくただ街灯の並んだ薄暗い道だけを選んで行く。真っ黒に塗り潰されていない道を辿って。 宝物を見付けておいでと言われた。それ以外に道はないのだと。それまでは決して戻って来てはいけないよ。 唯…

  • new order

    「あだだだ。なー、もうよくね?何個開けんの?」「俺と同じ数だけ」「つってもお前左右で十五個はあるじゃんよ……俺持つ自信ないんだが」「がんばれがんばれ」「殺す気かよ。まだ前のだって安定してねーのにさぁ。てかこれでも痛がってんだってマジ」「針の…

  • 溝川

     見窄らしい格好のまま溝川を浚う。道ゆく人々が皆一様に鼻を摘み過ぎて行く。もっと上手い方法があるとか、業者に金を積めばいいとか、一人過ぎる度に声がする。とうの本人の鼻は既に使い物にならない。止せばいいのに素手で汚物を掻き回していると、見るに…

  • たぶん、羨望

     ある謂れがあってそもそも彼を彼たらしめたのは純一さの錯誤であったからに違いない。  覚めていた。 俺の頭は全くもって覚めていた。 冷徹及び悲嘆の権化、その由来はこうだ。 彼はある意味においてのみ俺を蔑み、平時においては皮相な譲歩をのみ纏い…

  • 汚水管

     私の友人はよくよく写真を撮った。金などないからなるべく出費の少ない方法であちらこちらを巡っている。趣味だという。しかしその友人が昨夏からぱったりとそれらを全て辞めた。訝しんで彼に何かと理由を付けて外へ誘った。それとなく事情を聞き出したかっ…

  • しもべ

     先を行く時針がふっと時刻を知らせ間違っていた。以前にも何分か誤差を認めたが今ほどでなかった為に巻き戻そうとする手間をかけなかった。そのツケが今日只今、僕一人の時間感覚を狂わせている。幸いにも手元に時計はもう一つ二つあって、全てを合わせた平…

  • 目のないあの子は忘れんぼう

     光を纏って飛び交う蛍が彼の口に飛び込んだ。躊躇いなく咀嚼し嚥下を終える。粉々になった蛍がつい今し方、胃液の海に没した。光を喰らい終えた彼はふっと閉ざしていた両の眼をこじ開ける。なんの光をも宿さない二つの水晶が虚空を眺める。定まらない視点の…

  • ぜいたくな二人

      鼻先の霧の向こうを眇め、電話口のコールが途切れるのを心待ちにする。川面を望む出窓は結露に覆われて景色の色味ををぼんやりと滲ませてしまってもいる。年中こうなものだから今更とやかく思うこともないが、何度か掛け直すよう予め告げられていたにも関…

  • だけだった

     同じクラスの僕らが同じだったことは殆どなかった。選択教科も違う教室、部活が一緒だったこともなく、挙げれ始めばキリがないほどもうからきし共通項がない。あらゆる美点欠点を突き合わせて並べてみても、その差には恐ろしさを覚える。クラスメイトとの唯…

  • 真ん中

        液晶がちらつく数字を示している。部屋を借りた際に押し付けられた配給品のPDAが小煩く日の出を知らせているからだ。俺はずぶ濡れになって重い四肢を引き摺る野犬か何かのように、嫌に不機嫌な唸りを上げて役割ばかりを主張するアラームを止めにか…

  • 月泥棒の蟹と夜

     月じゃ涙は拭えない、と浜辺で蟹が言った。拭うまでに飛んでいってしまうからだ、と聞いてから首を傾げた。涙が飛び散る前に肉が散ってしまうのが先じゃないか。 蟹というのはあの茹でると赤くなる蟹のことで、どの道立派な二つの鋏で拭おうだなんて高望み…

  • 露に訪う

      生来より病弱な彼の手足は痩せ衰えた皮と骨ばかりだった。ごつごつとして節が浮く節々の細さはまるで蜘蛛のようだと柄にもなく私は、世話を任されている青年に溢す。気を悪くするでもなしに彼は苦し気に乱れた息遣いの奥から何かを思い出したように話し始…

  • ◼︎ああ僕ら

    ああ僕ら皆すれ違う傘と並ぶ束の間一時にだけ、肩濡らす雨は止みああ僕らは屋根なしのドブネズミを泥の底から嘲笑う憐憫の慈雨に打たれて今日も地を這う 肉を這う

  • 雪になぞる

     劣化を免れない遊具の表皮が下地を晒す公園にだって新雪が積もれば真っ新な更地に様変わりした。ブランコを支える茶けた鎖の、ざらつきを手に取る。滑らかさに真っ向から反駁しながら、指先を汚す錆ですらなぞり続ければ僅かながら落ちていった。 誰の迎え…

  • 梦中遊園に叫く

     ぼんやり眺めるハウス内の温度は快適そのもの。それに引き替えどうだろう。まだ続いている賑わいにはもう参り切った。採光窓が警告表示と共に閉め切られ、それまでお喋りに花を咲かせる彼女らは見る間に血相を変えて花園に滅びを齎す嵐の如く叫んだ。この研…

  • 無泣の代償

     これだけあってまだ足りないか。先日同僚の葬儀に出た折に君を見かけたのだ、金なら出そう。くすんだ山高帽はブリムをへたらせて男の頭に渋々乗っかっていた。仕方のない主人だが、手足がなければ逃げ出せもしないのだ、すまないねといった風に。とは言え雇…

  • 待合室

     傍らにある観葉植物に生命力を奪われている患者達は、院内放送に従ってドアに吸い込まれる。入室した前と後のとの違いに、診察の結果は必要なかった。強いて目に見える違いはない。次から次にドアに吸い込まれては新たな出会いを待っている。俺の前と後と、…

  • Autopsiesaal

     視界が真っ赤になった。それはもう見事に赤一色になった。遅れて届く嫌な匂いが鼻をつくのだけど、そういえば物心ついた時にはとっくに苦手な匂いだったからいつまで経っても好きにはなれなくて当然だと思った。いつもの教室で起きた出来事は変わりなく過ぎ…

  • Delaunay

     『ねぇ君は、世界の希望全てが揃って顔を背けたらどうなると思う?』 『こんなにも』青年の全身が傾ぐ。重力に逆らい切れず傾ぐ全身が、広がった大の字のままに倒れ込んだ。仰いだまま全身を目一杯躍動させて意識の一部に入り込む。空白の原に寝転ぶ青年は…

  • 雑踏に閉じ込める

    「なぁ、これ聴いてみて」 時折、彼に逢うと思うのだ。気の所為にしていた瞬間も、不思議と憶えていない瞬間も、彼には一つ一つが持って帰らなければならない成果物だ。機材を纏めたバッグが部屋の決まった場所にない時、彼が何の為に向かったかは分かってい…

  • 空地のアンブローズ

     『購入者募集中』の茶けた誇大広告を掲げた、通り抜け不可のテープに彩られた所謂空地と呼ばれるものの前を横切る。その場所を通れば近道になると知っている少数派だけの特権を振りかざし、抜け道の往復を重ねていく日課を繰り返すこと何回か。その頃にはも…

  • 雪が降る町

     銀白色に積もる新雪の上には未来があった。何にも穢されない、荒涼とした未来が。その上に連なる足跡は、狐でなければ子供のものか、さもなくば知り合いのものに違いなかった。しかしながら左右に覚束ない足取りのすぐ先に、子供の足跡はもうない。徐々に大…

  • my condolences.

     男は窓辺にダイヤルを回していた。大小図形を組み合わせたはめごろし格子窓が隔てた路地は猫も好まない道幅で、二人も並べばすれ違うのもやっとになる。そんな道ばかりが深閑とした店内で男は受話器を上げた。受話器の質量とは裏腹に先方の不在を意味する無…

  • 瞳の座礁

     窓を開けて、カーテンを閉める。窓を閉じ切って、静止するカーテンの隙間から光は仄かに紙の上を貫き通した。一枚の布切れが夕窓に揺られている中、柔らかく拒まれた斜陽の一閃で漸く無言の紙面に気付いた。 五本幾らかのボールペンは高過ぎた筆圧に堪え兼…

  • うそつきのてんきあめはあきにそそぐ

     西に落ちる夕日を庇うように薄雲の群れが過ぎ行く。烏が鳴く代わりに鴎と、そいつらを追い回す鳶を都合の良いように取って、二人は帰らないでいた。とっくに退社して後は電車に乗るだけの人混みから抜け出ると、駅から続く商店街を歩いている。 時報の鐘が…

  • スピン

    果たして、出来事は記憶違いだったのだろうか。あった、という憶え違いの産物に彼は悩まされ続けている。こうした一つの決着を与えようと試みたのはひとえに、彼はもう治りようがない、というはっきりとした兆しがあったからだった。詳述を省いて挙げるとする…

  • 兄弟部屋

    何度となく決心をした筈だった。もう何度となく心に決めて、真っ直ぐに来たつもりだった。そうでなかったのかどうか、確かめに来たのではない。物心ついてから付き纏い続けていた違和が行き着いたのは一枚の扉だった。階下の集合ポストはどの部屋もプレートの…

  • トライボロジー

     全く参った。いやもう、焦った何の。 これでもそれなりの下準備と兼ねてからの計画を遂に実行する好奇心とを両輪にここまで来たのだ。まさかこんな事態になるとは——確認は怠らなかった筈なのに。仕方がないと割り切れない。これが運の尽きだと諦めるのは…

  • 目も開かぬまま

    うそつきのてんきあめはあきにそそぐ 2 空をすり抜けていった手の先をいつまでも眺めていた。一体どのくらいそうしていたか。開けた筈の目が開いている気がしないのはそういう曖昧に漂う流れに逆らわなかったからで、閉じ忘れた窓の向こうに流れる市内放送…

  • 雲は透明

    くもはとうめいきみはそうめいいみはとうめいみちるそうめい

  • 羞明の瞼

    空き地のアンブローズ2 一度手放した何かを買い戻そうとした時。挫折した本を開き直す時。途方もない時間をかけて来た自分の一歩が、他人の半歩にも成り得ないと実感する時。困難だと思っていた道程が、想定以上に緩やかに終わった時。何とはなしに、開けた…