嵌合体

 世話焼き×被虐趣味

 
 盲目と信仰を肴に呷る酒の不味さ、悍ましさ
 真っ赤な海が血を吐いて
 真っ白な空が黒い雨に濡れている。

 「はなすな」

 「離すなよ」

 
 再三の警告に無言を貫いた。締め続けた指が少しずつ白み始め、反比例して眼下の顔は段々と赤らみ眼球は血走っていく。
 止めようという選択肢はない。与えられてもいなければ選ぶつもりもないと確信する。この先幾度と無く繰り返されるであろう行為に於いて彼は否定しない。俺もしない。

 頸動脈と気道を圧迫する力を僅かに抜こうとする。と放り投げられていた両手に腕を猛然と掴まれ進退窮まった。身動ぎも許されない中、首に添えた手だけがしっかりと互いを繋ぎ止めている。仰向けで向けられた苦し気な瞳を見つめ返した。
 
 縋るような目。一切の支配権を委ねている男に見せていい表情ではない。ほんの僅かに緩めた手を引き留める。『行くな』と、彼は言っている。まだ駄目だ、と。

 『——和』

 既に出せない声なき声で蠢いた唇の意味を理解した途端今度は本当に彼の望む通りに動いた。

 「、かっ——っ」

 渇いた悲鳴、一瞬の断末魔の後双眸から光が途絶えた。ご要望通り意識を手放した。口元には薄ら泡を吹いて。
 
 不眠症なのだと、初めて会った彼は笑って告げた。お世辞にも健康的とは言えない体躯をした彼の生い立ちには何一つ触れていない。ただ目の前に居る人間、即ち俺については金を払えばある程度自由に出来る男と知っていたようだ。
 彼は決まって「和」と呟く時だけあの顔をした。肉体が本能的な拒否を示す時、精神だけがそれを阻んだ末に出る名前には独特の響きがあった。「和」呟いてみる。先程のような意味のある単語には全く聞こえなかった。

 『和、今日来て』

 次第に頻度が増していく『関係』の形を果たして彼がどう形容するだろうかと、そればかりを頭に浮かべて車へ向かう。
 外はまだ湿り気を含んだ鈍色をしている。

 『待ってて』

テキストではなく、一言伝言を残してキーを差し込んだ。