お題/サイダー・鼻歌・急所

 湿り気混じりの真夏が振り撒く、執拗な暑さには殆辟易させられる。しかし熱帯夜の寝静まった街頭に漂う陰気な、それでいて何処か爽やかにすら感じる清々しさは嫌いじゃない。知らず軽くなる足取りが通りに響き渡る。今夜の相手は誰だろうな。構やしないか、誰だろうと同じだ。知らない路地で調子っ外れの鼻歌がしている。何処の誰だか知らないが良いBGMには違いない。憂鬱な夜にはぴったりだ。道端に捨てられたサイダーの空瓶を見つけ、何の気無しに勢い良く蹴り飛ばす。少しでも問題を先延ばしにしたいが為の時間稼ぎみたように。あらぬ方向に転がった瓶は閉じ切られたシャッターにけたたましく打っつかって大人しくなった。からからからからからからから。甲高い主張に天啓を得た。
 閃いた、今日はこれにしよう。ブルーシートはあったろうか。

 「んん、ぅうんんんん‼︎」
 「へいきですよ。すぐおわりますから」

 無機質な部屋の中、拾った瓶の口を握って壁に叩き付けると辺り一面にペールブルーの海が広がった。破片の水面を踏み砕き、汚らしい嗚咽で顔を濡らす肉袋を宥め賺すも効果は薄いようだ。
 簡素な室内でがたがたと喚いて悪足掻きをされても困る。赤ん坊をあやしているのではないのだけれど、大抵目覚めたら皆一様に似た反応をする。何一つ後ろ暗い記憶を持っていないのならここへ辿り着いたりはしないのだから、諦めて貰う他ない。
 鋭利な先端をちらつかせると怯え切って震える口元で猿轡を噛み締めて首を横に振るばかりになってしまった。脳震盪になりそうな勢いだったが、瓶から凶器へ昇格した得物は中々どうして不敵に輝いている。目の高さまで持ち上げた切先を急所にあてがう。あともう一息、一思いに引ききってしまえばお終いだ。
 というところで。

 「あ、っうぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁァァッああぁぁぁぁァァッぁぁぁァァッァァッ——っ‼︎」

 「あ」

 パニックを起こした身体が一瞬で脱力した。どうやら失神したようだ。まだ五分しか経っていないのに。俺にとって大した値打ちもないなら手間を取らせないで欲しい。部屋で待つ彼の為にも。ああ、喉が渇いた。これは時間泥棒だ。取り出した端末を片手で操作する。

 『もう終わる?』
 「もうちょいかかる。待ってて」
 『分かった』
 「あーそうだ」
 『なに?』

 『買っておいて欲しいものがあったんだ。丁度飲みたくなって来て——』