欠刻
元からあるものについて考えることで、持て余した時間を有意義に使ったつもりでいる。
「……誰?」
手入れの行き届き過ぎた過干渉の結果出来上がった美しい花壇は花期にはほど遠く、蕾すらまだ顔を見せない。代わりに待ち受けていたのは見知らぬ顔だった。特に見知った顔が居た試しもないのだけど。
「僕は「ゆ」から始まり「い」で終わる人って言って分かるかな。結構有名人だったりする」
そんなもん知るか。露骨に無視を決め込んで踵を返す。腹立たしいが仕方ない。有意義に使える時間が減るだけだ。毎日花壇に来ている自分が全く見かけない奴なのだから、明日明後日にはきっともう居ないだろう、多分。一先ずこっちが先に退けば関わる必要もない。
とあれこれ思案していた先手を打って、顔見知らずのそいつはどうやってか隣に並んでいた。足元ばかり向いていたから見えなかったのかも知れない。
同じ質問を繰り返すものだから、渋々答えた。早くどっかに行ってくれと露骨さを塗して。
「……ゆいさん?」
「真ん中どこか行っちゃってるよ。面白いね君」
「面白い?嫌味?」
「半分」
「もう半分は?」
「そう言ったら皆喜んでくれたから」
過去形の回答に突っ込むのも面倒くさくなって、さっき潜ったばかりの扉を開けた。こんな奴と話してても時間の無駄だ。
「何を見てたの?」
「花壇」
「花じゃなくて?」
「うるさいな。俺の勝手、」
「勝手されたら困る。君さ、偶に抜いてるだろ、それ」
綺麗に整列する花を指差してそいつが立ち塞がる。少し拝借しているだけで勝手している訳じゃ、なくもないけど。でも怒気を孕んでいるようでその実空虚な何とも言えない気味の悪さにたじろぎ、つい口が滑ってしまった。
葉のきれこみを観察していただけだ、と。
「何でそんなものを?」と予想通りの反応を貰う。皆同じ反応。代わり映えのない無理解。理解を求めてもないけどうんざりする。それでも中途半端にしておくのも気持ちが悪かった。
「欠刻って呼ぶんだよ。欠けた刻み。元からあるもの。元々欠けてるなら欠けじゃないのに」
「何だか退屈そうなこと考えてるんだな。インドア派?」
余計なお世話だ。黙考アウトドア派が居たって良いだろ。
「あれだ、ドーナツか」
「穴の話?」
「そうそれ。よくあるだろ。穴は存在か消失かって」
まぁそうかも知れない。誰でも暇潰しに一度は考える命題、もとい手垢塗れのありふれた思索だろうし。
それにしても何かこう、イメージと違う。誰か他人と話していれば普段一人きりで脳内会話をしているのとは違う手応えのようなものがあるかと思っていた。それなのにこいつはなんだろう。何というか、自分のような不透明な存在感が薄い。かと言って透明人間でもない。だって透けてないし。
「ゆ」で始まって有名人の居る——花壇。
あ。そこでふとそいつの正体に心当たりがあって、屋上を見上げた。
花壇、地上から最も遠い場所に位置している頭上のフェンスは、確か隅の方によく見ないとそうと分からない切れ込みがあった。誰の仕業か知らずにいたヒントの続きに、今辿り着いた。
「なぁ、お前……」
疑念を確信に変えるかのように、隣にはもう誰の姿もなかった。
今度何か持って来てやろうか。
何を持って行ったところで、元からそうであるなら同じかも知れないけれど、それでも何か詫びられるのなら。
(初めて見たな。感動する暇もなかったけど)