月じゃ涙は拭えない、と浜辺で蟹が言った。拭うまでに飛んでいってしまうからだ、と聞いてから首を傾げた。涙が飛び散る前に肉が散ってしまうのが先じゃないか。
蟹というのはあの茹でると赤くなる蟹のことで、どの道立派な二つの鋏で拭おうだなんて高望みに過ぎる。つまり、この話題には身がない。反論はこうだった。
「中身がないってこともない。だろ?」
「そうかなぁ」
「そうさ。見てみろよ、潮の満ち引きに合わせて仲間達が集まって来る。あの尊大に照る月の所為で、ということは俺達とは深い仲、これ豆な」
「酷いこじつけだ、集まるのは卵抱えた亀だろ?そもそも君達はあの光が怖いんだと思ってた」
「怖い?怖いだなんて言うのはきっとあんたがこの夜長を嫌うからさ。そういう晩は特別光がはっきり見える。鬱陶しいというなら、こうして」
節々の爪先を騒めかせた蟹の甲羅は潮水の為に濡れしょびれ、ゆっくりと開いたり閉じたりした鋏で掴むみたいにして真円になり切らない光を手中に収めようと泡を吹いた。水泡の一つ一つに映るそれが一粒ずつ割れ消えては幾度も再生を繰り返した。
「どう?これで分かったろ。奴を捕まえちまえばいい、そーすると段々眠くなる。瞼が重くなったらさぁ、ベッドへ向かって一直線」
あんまりな一時を俺は黙って見ている。だって、蟹の一匹に含蓄があるとかあまつさえ感心してしまったとはいくら何でも馬鹿馬鹿しくて冗談にしては不出来だ。
「……なにそれ、あれを泥棒でもする気?」
「よく効くおまじないってやつだ。試してるみろよ」
「やだよ」
到底盗めやしない、大層眩しいお宝を滲む世界から眺めている。なんだ、大して綺麗でもないじゃないか。
眠くなって来たな。砂塗れになってもいいからここで寝転んでしまおう。
「ベッドが泣いてるぞ」
「はは、それでもいい」
洗い立てのシーツだって俺のことはお断りだろう。鋏を真似て、二本指で光を挟む。もう暫く蟹の謡う泡沫の隣にいさせて欲しがるように。