梦中遊園に叫く


 ぼんやり眺めるハウス内の温度は快適そのもの。それに引き替えどうだろう。まだ続いている賑わいにはもう参り切った。採光窓が警告表示と共に閉め切られ、それまでお喋りに花を咲かせる彼女らは見る間に血相を変えて花園に滅びを齎す嵐の如く叫んだ。この研修先を選んでしまった絶望を表したのではない。白衣の彼女らがいる屋内に、一人二人、三人また、四人。純白の葬列が慌ただしく並び立ち、両脇を抱えられた彼女らは数時間の後に自らがどうなる定めにあるかを悟ったと同時に劈かんばかりに喚き散らした。

 ヒィイアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア‼︎‼︎‼︎

 ハウスを波打たせた咆哮、その悲泣を何ら気にかける風もなく、新たな入室者は冷然と人集りを掻き分けて認証ゲートを抜けた。足早に駆け寄りつつも、青褪めた白尽くめの中にあって一人だけが額に青筋を浮かせていた。
「またやったのか」
 嗟嘆しながら、これ以上の時間を割けないとばかりに手元の液晶へ手早く何かを入力している。何の意味がある行為かを知らされない間、すぐに警告表示は解除されハウスは普段と変わらぬ静寂を取り戻していた。再び光彩の満ちた屋内の中ではコンクリート製の無機物な白い生き物の指示を待つのが常であったそれは、たった今その瞬間においてのみ何からも囚われていなかった。それは自由に動き回り、男を待っていた。また、が何を指しているか、考えに輪郭を与えようとして空調装置の駆動音にも劣るか細い声音で応えた。
「俺は、ただ」
「聞き飽きた。……何度言わせるつもりだ」
 言い飽きてしまった小言のいくつかをなぞりながら白衣を翻らせ男は膝を突く。黙っていくつかのチューブに配線を繋ぎ直し、不具合がないか、酸素の吸入量はどうか、四肢の状態は、傷みは。いくつもいくつも入念に確かめながら最後に「何もしていないかどうか」を訊ねて来た。何度となく繰り返された予定通りの内容に、自然それは歓喜した。そうして示し合わせたように状況をモニターする液晶の前で暫し逡巡した後首肯した。「何も知らない」。その一言が全てであった。
何も知らない。全ては排出され、美しい庭園は涼しい顔をしていた。ここにはそんな白々しい悲劇に付き合わされる男と、男の機嫌を損ねていると知りながら眼前にある命だけを一心に愛でようとするそれだけがある。

「各ミシリステ異常なし。損傷部軽微。当面の研修生立ち入りは担当主任に上申のこと。検査結果の不備及び監察部調書類該当項目については別途報告の旨連絡する。以上」
 簡素に記録を残して液晶の電源を落とした男は徐に腰を伸ばした。かと思うと突としてその場に寝転んだ。丁寧に敷き詰められた人工林の草原に沈み込む顔を、真上から覗き込む。険しさはそのままに、影になった男が呻く。
「何度目だ」
「分からない」
「嘘まで覚えたのか?」
「うそ?」
「隠し事のことだよ」
「多くは大抵秘密とも言うけど」男はそれに触れた。柔らかなものを受け入れる肢体の上には夥しい数の管が這い回り、各種の管が根そのもののように伸びている。そうしなければそれは物を見ることもせず、光を浴びることもない。男を除く者は皆ヴーツェルと名付け何年もの間隔離し、監視し、管理していた。ただ一人だけがタウムと密かに呼んでいたが、それ自身に意味の差を理解するだけの知能はまだない。少なくとも今は。
 しかし男は確信している。着古した白衣の下に管よりも夥しく犇くそれを枯らしかねないけたたましい叫きを潜ませていると知りながら触れる。
「新しい子達に任せるなとあれほど言ったのに……主任の配置はもうどうしようもない」
誰の話をしているのだかの一切に触れることなく、男はそれを愛撫する。心地の良い撫で方、甘い調子の語り口——全てがそれにとっては余りにも無垢過ぎた。
「こんなこと長く続かない。あの子も、お前も。タウム」
「うん?」
「もうやめなさい。何人追い出しても意味がない」
「かわら、ない」
「そうだ。同じなんだ。……変わらないんだよ」
「でも俺は会いたい。会いたかったよ」
「ずっと、だなんて言うんじゃないぞ、頼むから……」
「でも、」
 「大抵は嘘と同じなんだ。」男は一握の花を引き千切って四方に散らした。こうして散々な日の終わりに男は何もかもを諦め切っている。けれど、口の中で唱えるのはそれ、否。彼のことだけなのである。
 タウムは管の所為でぎこちなく動きを制限される四肢を引き摺って届くだけの範囲で応える。
「うそ、はひみつ」
「タウム」
「俺、はかくさない。ひみつはしない。だから、うそじゃない。ずっとは、嘘じゃないよ。『ずっと』を、かくさなくていいんだよ」
「……お前、何処で覚えてくるんだ、そんなこと?」
 熟れた口腔を晒す彼が柔らかく眉根を下げる。
「何処?どこって、どこ?」
「あー、いい。……何でもないよ」
 慈悲深く残忍な秘事の中に、或いは男の梦中遊園でそれはまだ息衝いている。