瞳の座礁

 窓を開けて、カーテンを閉める。窓を閉じ切って、静止するカーテンの隙間から光は仄かに紙の上を貫き通した。一枚の布切れが夕窓に揺られている中、柔らかく拒まれた斜陽の一閃で漸く無言の紙面に気付いた。
 五本幾らかのボールペンは高過ぎた筆圧に堪え兼ねた挙句にインクを切らして、白紙の上に白い足跡だけを遺していた。ラムネ瓶の側に置いていた為に、紙の端はじわり滲んでいる。既に飲み干されたラムネの表面に、僅か纏わりつく結露がその原因だ。ビー玉の底に、カーテンと白紙が混ざって映り込む。
 また駄目にしてしまった。
 仕切り直し、とばかりにペンとインクを机上から退かし去る。新たに用意した紙片の白さを眩しがっても、いくらでも外界の日は高いままでいる。そうして、庭先のビニールプールが萎まされず置き去られている光景に何度も眼裏を支配されて、眼下に再びの黒い染みを作り上げた。
 ああそう言えば、実家のそれはもう譲られたんだったか。確か、近所付き合いのあった誰かに貰われて行ったのだ。『もう二人には要らないから』と、手元を離れて行った。どんな絵柄だったか、何色で描かれていたか、意匠はもうとうに思い出せやしない。ただ日差しに熱されたビニールの手触りだけはまだ思い出せた。夜店を真似て幾つも沈めたビー玉を足裏に軽々しく踏み付けていたのを思い起こすが、今ではぞっとしない行いだ。想像するだけで痛みが脊髄を駆け上がった。昔日の蛮勇には声も出ない。水に濡れたビー玉をアスファルトに落として伸びる、影のような線を追いかけていた頃が——酷く、もう酷く遠くにある。
 ビー玉一つで溢れたにしては、柔らかく、不快な暑さの裏側に瞳は座礁している。

あいつは、もう忘れてしまったんだろう。もう二人には要らなくなった話の端を、まだ書き留め続けている。