day1
人外×人外
色んな人間が居る。正確には、色んな姿形のなんだろうけど。
「ひとのフリすんの難し……」
渡り廊下の外はというと沈痛な面持ちの自分など何処吹く風で、切り取られたままの風景が輪郭を置き去りにしてぼやけてしまう。整った中庭を駆け抜けた。どうにも憂鬱な気分をぶら下げる午後は、その後ろ姿が酷く恋しい。
「ユーリア」
「わ、危ないよ」
制服姿で花壇の前に居たユリアが鉢植えを手に微笑む。寮長の誕生日だとかで育てている可愛らしい花が光った。珍しい種類らしく、教授達にも何かと目を掛けられている花壇の端に腰掛ける。
「今日はもう終わり?」
「そー、疲れた」
「栽培学だっけ?」
「実習だらけで死にそう」
「座学の方が好き?」
「そうでもないけど……昼間は眠いし」
猫のように口を大袈裟に開いて欠伸を一つ溢した。講義室の広い机が居眠りには最適なのだ。あの何とも言えない冷ややかな磨き上げられた木の感触を味わえばきっと、いくら真面目な生徒であろうと瞬く間に虜になってしまうに違いない。思い出してまた眠くなって来た。
「——、っ」
すると突然、身を屈めたユリアに目の前を覆われた。温い唇同士が合わさり直ぐに離れる。
「な、んだよいきなり。びっくりした」
「だって出てたよ、火」「え」
「緩いなぁライダは」
くすくすと笑うユリアの長い舌がちらりと見え隠れする。肉色の舌先は二つに裂けていて、気が付くと瞳孔も鋭く尖った形へと変貌していた。
「ユリア……出てる出てる」
「俺は良いんだよ。言うほど変わんないから」
そんな事は断じてない。彼自身は知らないだろうが隣室の生徒が『首席のあいつは蛇っぽい』と噂していた。実際には蜥蜴の方が正確なんだけど。雰囲気がどうとか見た目がどうとかそういった話であればまだ良いのだけれど、どうもそんな気がしない。他人の目は馬鹿に出来ないから恐ろしいのだ。注意した方が良いだろうか。でも聞きそうにないんだよな、ユリア。
「だってそれは……まぁいいや。ライダは鈍いし」
「聞き捨てならないなぁ」
日に透ける髪が額に流れるのを払ってやって、少し汗ばむ肌を撫でる。それだけで、再び目が細められるのを見逃さない。喉が鳴る。途方も無い獣に睨まれているようで。サイズで言えば俺の方が大分大きな筈だけど。
「もう一回?」
言わせるなよ、と笑む。僅かに見開いた瞼は驚きからか。何となく、してやったと思う。
「いいよ。でも部屋に戻ってからね」
「けち」
「そんな事言ってると明日の講義も寝通しになるよ」
口にしてから何かに気付いたユリアが「あ」という顔を作る。何だかんだ失言も多いのだ。そこがとても嬉しい。
「……いいよ。そうしてくれて」
生まれ付きに磨がれた犬歯を覗かせて手を引く。こうして並ぶと優等生のユリアを襲おうとしている不良生徒にしか見えない。俺達が人でなしには見えないように。
「後で泣いても知らないから」
耳朶に吹き込まれる凶悪な猛毒が、心地良く身体の芯を震わせる。