そんな錯覚を手にして
ぼくはきみを壊してしまうかも。
『佑太 いまどこ』
やけに多い人混みの中。辺りの喧騒はもうずっと長いこと静まる気配もないのに、その声を聞いた途端一瞬で全てが途絶えてしまったようだった。
受話口越しのがさついた命令に、唇が強張って動かない。動けない。
たった一人しか連絡先に登録の許されていないその相手からの第一声は、殆ど死刑宣告と遜色なかった。
『どこ?』
問いの意味は分かっている。応え方も、その言葉もしっかり用意されて頭に浮かんでいる。
それなのに、どうやって話していたのか忘れてしまった様に動きとかいうものが失われた身体は、携帯を握り締める以外の動作が出来なくなっていた。瞬きも、呼吸さえも。
『おい聞こえてんだろ。佑太?』
聞こえてるよ
でも今は深夜で、今朝も部屋に居なかった同居人からの電話が何故今掛かって来るのかと、感覚の乖離してしまった頭が考える。同時に、殴られた肩口が痛んだ。
『何でこんな時間に外出歩いてんの、佑太』
誰が許したの?
許されていなければならないような事をしたつもりはないのだけれど、同居人の語気は強まるばかりで 『ああこれは』そう脳裏に過った瞬間、背後でけたたましい破砕音が聞こえた。機械越しの甲高い主張が鼓膜を劈く。
『なぁ、何でって訊いてんの。もしもし?』
何を割ったんだろう。この前新調したばかりのカップか。気に入っていたのに。それともあの古めかしい、何処から持って来たのか分からない花瓶か、軽いだけが取り柄のつまらない柄が入った旅行土産の絵皿か。取り留めもなく、止め処なく流れる思考の波濤は正しく現実から逃避するために頭が働いている証拠で、視界が、顳顬がじわりと熱くなっているのは気のせいではなかった。頭が重い。立っているだけで正気が地面に吸い取られてでもいるように?笑えない。だってほんとに、その通りだった。
『おい、聞こえてんだろ。無視—— 』
カンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカン
その日は足がとっても軽かった。
自身を憐れんで視界が滲んだ。その溢れる涙を拭いさえも出来ないのに。笑う訳もこれっぽっちも分からないのに?こうして頬を濡らす僕が辛うじてまだお前と同じ類の生き物らしいことの実感が湧く瞬間酷い吐気がした。
◆
潮騒の音が聞こえる。それから、遠くの船の汽笛も。
そんなはずはないのに、両腕で覆った目頭はあつくて堪らなかった。
失敗した、失敗してしまった。
何度も何度も、同じように繰り返し繰り返し意識が沈むのを待った。
けれど閉じ切る瞼越しの、白く明る過ぎる室内がそれを許してくれることはない。隙間から差し込む潔癖に清潔な光が肌を焼いた。
何処にも行けやしなかった。ただ目の前には追われ続けた挙句連れ戻された現実だけがあって、今度こそもう二度と逃がさないと俺を睥睨している。逃げやしない。もう逃げられやしない。何処にも。
何もかもが、一度でいい。一度でいいから全て無くなってしまうだけでよかったのに。
どうしていつもこうなんだ。望んでも叶わない。行動を起こしても結果は変わらない。
痣で彩られた身体を無理矢理ベッドから引き剥がして、何とか床に足を下ろす。ふらついて、重心が高くなってしまったような足取りに蹌踉めきながらもなんとか立ち上がる。
何だ、断てなかったどころか無傷だったんじゃないか。通りで生きている筈だ。
こんなんじゃ、こんなんじゃ
殺されてしまったほうがよかった。
このまま、緩やかに生きたフリを続けていくしかないのか。
蹲って、暗く眩みかけた視界には白く無表情なままの壁。ああそうだ。今は一体何時なんだろう。というよりも、昨日の夜からどれくらい経ったんだろう。またあいつから着信が来てしまう。
『なにしてんだ』って。
「 っ、……」
冷汗の止まらない手足が、溺れた時のように痺れ始める。最近はずっとこんな風だった。何もしていなくても突然身体が強張って動かなくなる。
けれど擡げた頭を上げて映った景色に、別の意味で動けなくなった。
は?
足元の一歩先は、僅かな明かりを反射して光る海だった。部屋の中、足を下ろした場所以外辺り一面が硝子の海原になっていた。比喩じゃなく、文字通り砕け散った硝子の破片がそこら中に散乱している。寧ろそれ以外に床には何も転がっていない。さっきどうして破片を踏み抜かなかったのか不思議なほどそこは荒れていた。数歩踏鞴を踏んで、再びベッドに腰が沈む。よく見るとそのベッドのシーツも、所々引き裂いたように千切れて波打っている。脈に合わせてブレる視界に、動悸が早まっている事に気がついた。そもそもあの踏切からどうやって俺は帰って来たのだろう。覚えていない訳がないのに。
しっかりと見回して認識する。自室じゃない。
ここ は
部屋から勢い余って飛び出した。肌が切り刻まれるのも構わず扉を開いた。そうだ。やっぱりそうだ。見覚えのある廊下、見覚えのある扉。ささくれ立って耳の痛くなる空気、静まり返りきってまるで一人しか住んでいないかのような部屋。チリチリと切れた痛みを訴える足先の感覚が這い回る虫のようにただそこに立っているだけで叫びたくなる焦燥を与えた。
今度は膝をついて、やはり皮膚が切れるのも厭わずに破片の水面に目を遣る。答えはちゃんとそこに映っていた。
今度こそ俺は叫んだ。
「あ、あああああああぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁあああああ‼︎‼︎‼︎……」
聞き慣れた悲鳴が耳の奥で反響していた。
◆
ツー
『佑太だけど、今は出られない。直ぐ掛け直すから少し待って欲しい 悪い』
手元の受話口からする電波に歪んだ聞き慣れない自身の声だけが鼓膜を震わせた。俺ってこんな声だったんだ、と嫌になる程思って、また掛け直して、そして現実は本当だったのかと馬鹿のひとつ覚えみたいな思考を続ける繰り返し何度も繰り返す。
どうして自分の携帯に掛けて、自分の留守番メッセージを聴いているのだろう。おかしな話だ、架空の話でも見ているような?あいつの携帯を握り締めて、焦点の合わせられない頭でまた言い聞かせる。
決まってる。今あいつ、「藤間」なのは、俺だったからだ。見慣れた風景の中に見慣れた人間が居る。だけど中身は、本人じゃあなくて。違和感の塊が肉を得た、そんな実感が胃液を逆流させる。この部屋の主が何を割ったのか、何をしていたのか。それ自体は余り重要な事ではなくて、問題はこの破片がいつからあったのかという事だった。もしかしたら、もしかすると、俺こと「佑太」はもう居ない?そんな疑念が浮かんだからだ。
だとしたら、だとしたら、なんだっていうんだ?
目覚めた時は微塵も思わなかった願いを、ひたすらに唱え続けている自分が居た。
『 佑太?』
『ただいま』
『すぐにかえる』とだけ入ったメールに、俺は今度こそ頭がどうかしてしまいそうだった。
自分宛に、自分からメールが返って来る。そんな現実に?
違う。
だって、あいつの身体には今、理由なんて知りもしないけれど、意味なんて分かりもしないけど俺が居る。じゃあ、今俺である佑太の正体は一体なんだ。
「ただいま」
慌ただしく開いた玄関に立って居たのは紛れもなく鏡越しの俺で、服も踏切に飛び込んだ時のままだった。何にも変わらない。毎朝見た自分の生写しが居る。
極彩色の痣に彩られた手足、その腫れた目でさえも、何にも変わりはしない。いつも通りの自分、いつも藤間に殴られている自分。
「ど……した?何、その怪我…… っ」
それでも使い慣れない声帯が普段はまず絶対に言わないだろう言葉を発した。あいつが俺を心配するなんていう違和感。実際は、自分で自分の心配をしているだけ、なんていう奇妙な自虐の模倣品。
思わず噎せて、本当に大丈夫かと問いたいのは俺自身だろうにと酸素の足りない脳でぼんやり思う。
しかし佑太、 恐らく藤間、はそんな怪我なんてなかったかの様にもう一度だけ「ただいま」と笑う。
『お前の仕業だろ?』と目が言う。
ふざけているのか、ガーゼで顔の半分も見えないその顔が赤く笑っている。
「……と、うま?」
恐る恐る、震える声が問い掛ける。
「なんだよ、『佑太』」
藤間はそう答えた。答えた。言った。笑ったんだ。目を瞠る。
凡そ自分が見えていないような純粋さで、何もかも知っているような顔が向き直る。
とても透明だと思った。
次の瞬間、俺の中の奥の深くの向こうの何かが弾けて駆け出していた。駆けてそして、
自身を殴った。殴り付けた。
生まれて初めて自分を殴った。自分で。
し
ね
あ、ああああ
奇怪な嗚咽に似た声と共に飛び起きる。
「はっ、……っ!」
ゆめ、だったのか
ゆめだったのか?
こんなにも胸の悪い寝覚めはなかった。冷汗は既にシャツに染みを作って襟がびたりと肌に張り付き気持ち悪いし暑いのに寒くて目眩がする。
辺りを見回すと、何のことはない。いつも通りの代わり映えのしない自分の部屋だった。雑然とするにしては物がない、殺風景な部屋で眼が覚めた。
その事実に心底安堵する。吐きそうなくらい。
「はは、痛って」
同じだ。ベッドから落ちてもいないのに痛む全身も。殴られた痣の位置も傷の場所も、覚えている限り自分の物だ。ちゃんとおれは俺でいられている。よかった。昨日から今まで、何も状況は変わっていやしない。よかった。悪い夢が重なって、どこにいるのか分からなくなる所だった。どうしてあんなもの見てしまったんだろう。
夢だったとしてももうあんなのはごめんだ。
あいつと替わってしまうくらいなら、手でも首でも骨でも腑でも持っていってくれ。そっちのが全然いい。
ベッドに転がっている携帯の画面には修復出来そうにないヒビが入っていて画面は暗転している。だから時間を知ることは出来なかった。あの踏切で落とした時にでも割ったんだ、きっと。胡乱気に窓を見遣ると空は既に薄暗い。夕方はとうに過ぎた頃だった。
やっとのことで落ち着いて来た。息を一つ大きく吸い、瞼を閉じ、そして吐きながら開く。
カーテンの向こうからは、明滅する街灯の光がちらついていた。
身動ぎする度に不快になるシャツを乱雑に脱ぎ捨て風呂場に向かう、出来るだけ早足で向かう。
洗面台正面に掲げられた大きな鏡を覗くと肌色を鮮やかな青と赤、そして紫と黄色に塗りつぶされた身体が映り込んでいた。
一番新しいのはどれだったかと探し出すと時間がいくらあっても足りはしないので適当に眺めて浴室の扉を開ける。
ひやりとしたタイルに火照った体温が吸い込まれていく。シャワーヘッドから噴き出した冷水と一緒に不快さも流れていく。排水口から出て行く。
器用なことにあいつの暴力は予想よりも遥かに理性的で、目につくところは避け服を着れば見えなくなる場所ばかりを狙う。やられているときには全くそんな素振りは見せないのに只々器用だと思う。
だから外面はいつも綺麗なままで、多分この傷を誰かに見せたところで誰も信じる人間は居ないのだろう。俺の自演とでも思われておしまいだ。そういう、やつ。
あいつは
ああ、今頃、あいつは何をしているんだろう。
部屋にいる様子はなかった。だからきっと今夜はもう帰らない。沸々と、腹の底から違和感が溢れる。
ならいいか、と湯船に浸かる直前、ユニットバスの便器の前で喉奥へ指を突っ込む。
「っぉっぅぇ……ぇっ……」
ぼたん、ぼちゃんと今朝食べたらしいそれが汚らしい音を立てて零れ落ちる。食道の焼け爛れる不快さに再び吐いて、口腔に満ちる酷い胃酸の味にまた吐く。結局それでも足りなくて、何か食べた後にまた吐けばいいか、とぐちゃぐちゃになった思考と一緒に吐く、吐く。
シャワーの水が傷口に染みた。夢の中で切った手足を確かめてみても、そこに怪我はひとつもない。当たり前だったけれど、何故かとても間違っている気がした。こんなのは違う。おかしい。
ぼんやりとした考えが水煙にまかれて、無意識のうちに手に取るそれは赤黒い錆に覆われている。肌に当てがい、力任せに引っ張る。
出て行け でていけ あかいのもしろいのもくらいのも、ぜんぶぜんぶでていけ
ぜんぶはいて、きれいになれ
そうしたら、おれはもういちど くろくなれるはずなのに。
気が付くと、また俺はあの部屋に居た。
けど二度目の夢は少し状況が違った。床に破片は欠片もない。まっさらな部屋に一人、取り残されたみたいに立ってた。
何処に消えた?
あいつは何処に行ったんだ?
風呂場で何をしていたかなんてもう頭には残っていなくて、あるのはそんな狩猟本能のような思考だけだった。続きをなぞるように、ひたすら頭にあるのはそんなことだけで、ずるずるり、ずるり、足を前に一歩、二歩。
どうせ現実じゃない。どうせ、どうせどうせどうせどうせどうせどうせ、名残惜しいなんてすら思わない。傷も残らない。なら好きにしてやればいい。
藤間、藤間?
何処に行ったの、藤間。
手探りで部屋を進み扉の取手に手を掛ける。蝶番の軋む音がして飛び出した廊下は暗いまま。誰の気配もない薄暗い道の先、突き当りから漏れる光に目が釘付けになった。
シャワー、の音が聞こえる。けれど誰かの、浴びているであろう筈の誰かの水音は、ない。
早足で辿り着いた水場に湯気はなかった。流れているのは冷たい水ばかりで、湯船に湯は張っていなかった。代わりにそこに居たのは
土気色をした自分だった。
視界の端にはさっき自分が手にしていた剃刀と赤黒い体液が入った。
「あれぁぇ?」
酷く奇妙な嬌声が聞こえた。
◆
「……————」
ヒュッと喉が鳴った。
あれ、今何時だろう、辺りはまだ暗い。
「⁈」
俺の部屋。いつものように生きている部屋。生きていていい部屋。
「と、ま……?」
「——……」
俺の隣には藤間が寝ていた。あれ、なんでこんな、おかしい。夢じゃない。藤間は普段の染めて傷んだ髪のまま、ピアスも外さず俺の隣で寝てる。また誰かと寝てるんだろうな、とか考えて過ごす為のベッドの上で。なんでかなんて知りたくない。そうじゃない。
「……っ、て……」
「あ……ごめ、」
藤間の頬が切れている。擦過傷を作った頬に無意識に手が伸びて、触れた途端に瞼がびくりと痙攣した。瘡蓋は出来ているがその周辺がまだ赤らんでいるのを見ると、どうやら相当な力で付けられたものらしい。自分の身体で見慣れているだけだから医者ぶったことは言えないけれど、兎に角喧嘩でも何でもして付けたのかな。分からない。分からないけど、気にするななんていうのは無理な話だ。
「ゆ、た?」
「……大丈夫、これ」
いつもならもうこんな、こんな事を発した時点で殴られる覚悟はしていた、のに。
「さわんな……」
不機嫌さはなくならない、明日の朝にはまた散々な目に遭うかも知れない。でもおかしい。おかしいんだよ藤間。
「ねぇ、誰がやったの」
「っおい佑……」
「それどうしたの?大丈夫なの、痛い?痛いよな」
徐に身を起こして藤間の顔一杯に自分の顔を近付ける。つまらないタバコと香水の匂い。あー、抱いてる、確実に金で呼んだ奴を抱いてる匂いがする。何でだよ、俺はお前の事しか考えないで狭い部屋で待ってるって言うのにお前は好き勝手してるのっておかしい。殴るのなんてどうでもいいけど俺なら金なんて要らない。従順にして何でも言うこと聞くのに、それじゃダメなの?
「ってぇ……って言ってんだろ」
「っ!」
何何々何なんで、そんな反応するの、何で蹴り飛ばして捻り上げないの、ねぇ何でそんなやめろよ、そんな顔しないで。
藤間は俺の手を払い退ける、だけしかしない。出来ない?
「佑……っ!」
「は……ねぇ藤間、藤間俺——」
「……つっっ!」
どうしよう
キスを貪る舌が絡まる、何か言おうにも何も言いたくない。必要ないよ。
「ん……っぅ」
こいつを壊したい、今すぐ跡形もないくらい。
「は、ぁ……っ!」
「ふ……っあつ——」
これ以上長くキスをしていると舌ごと噛み千切られてしまうかな、と身体を押して離れるけれど、火傷の痕を引っ掻きながら抵抗にもなっていない抵抗をしているのがとてもとてもとても愉しい。待ってって言ってるみたい。何だこれ、ふざけんな。
「何してんの、それお前がやった奴だよ——熱かったんだよなぁ……あぁ、そういうこと?」
やって欲しいの?と囁くと藤間は顔面蒼白になって俺の下で足掻いてる。馬鹿だなぁ、寝起きの癖に敵うわけないのに。こいつこんなに莫迦だったかな。
押し倒した藤間の着てるスウェットに手を突っ込む。ポケットの中にはいつものセットが入っていると分かっていて、開封したてのタバコと火種のコンビを目の前でチラつかせる。こんな不味いもの吸う趣味なんてないけど、一本咥えて取り出したら点火する。肺になんて入れてやらない。フィルターから少し息を吹き込むと先端が光って赤々と主張を強める。ベッドヘッドの灰皿を引っ張って来て、芯を叩いて灰を少し落とす。もういいかな、このくらいで大丈夫だろう。
「せっかちだなぁ……」
「や、待っ……っ佑太ぁ!」
指で摘んだタバコをゆっくりと、服をめくり上げた肌へ焦らすように近付ける。慌てないで、もうちょっとだよ動くとズレるよ。嫌ならじっとしなきゃ動くなよ藤間の癖に。
「やめ——
っぁ゙ぁ゙あ゙っァ゙ア゙ァッぁ゙っ‼︎‼︎」
ジュッ
肉の焼ける匂い
君の匂い
収束 明滅 再臨 恍惚
収束 明滅 再臨 降伏
「どう?俺とお揃いだよ」
「ァァッ……づっぁ……っ」
「何とか言ってよ……痛い?」
肋骨と胸郭の間にタバコで作った真っ赤な花が咲いていた。特にここは痛いんだから失神しなかったのは褒めてあげたいなぁ、俺はダメだったから。こんなに熱いものじゃかえって痛いかどうかもう分からないと思うけど。
ぎゅじゅりぎゅじゅり。肌に揉み消すみたいにして押し当てると藤間はよく鳴いた。良かった、痛いんだね。おんなじだよ、俺はお前とおんなじだ。おんなじだったんだよ、でもなんで?
「ふ……ぅぁ」
「はぁ……なんで?ねぇ藤間、」
「‼︎」
赤くなった火傷痕の更に下。明らかに異なった様子の箇所をゆるゆると撫で回してみると、露骨過ぎる反応が齎された。あぁあぁああどうしてくれようか、この無様で可愛い生き物を。
「なんでココこんなにしてるの?」
「っぃ……ぁ」
「いっっっつも俺のこと酷くするのに……藤間の方がよっぽどこういうの好きだったんだ?最低だな」
最低、最低と言葉を重ねると次第にその気になってきたものと見て、耳をピアスの上から噛んでやった。シルバーの硬質な感触が歯に当たって何とも言えず愉快な心地になる。キャッチとボール部分を纏めて噛み締める。大袈裟に跳ね上がる肩が堪らなく劣情を煽るって気付いていないだなんて言わせない。二度、三度と舐る、食む。藤間の鼓膜には堪えきれない責め苦だろうな、なんて思ったとしても手心を加える期待はするだけ徒労でしかないんだよ、でしょ?
だって藤間は、嫌がって手を緩めた試しなんてない。泣いても喚いても絶対に止めなかった。一度でもそうしていれば良かったと悔やんでも遅いのだ。苦しんでよ、いや違う、藤間だって待ってたんだ。今は何も考えさせたくない、壊したい。そうしてばらばらになった自分を敷き詰めた部屋で泣いて欲しい、俺がそうだったように。
その時だけ「好きだよ」って言って。
それ以外は要らないから。
好き、好きだよ。服従して欲しいくらい好きなんだ、藤間のこと全部を好きになってる。
なのにおかしな感じだ、それ以上に黒い情動を隠せなくなっていく。
「ビクビクしてる。火傷してるのに、興奮とか」
嘲りを含んだ命令に何の返事もないから、ぐずぐずと表皮の溶けた部分を舌で突く。またしても上がる嬌声。悲鳴?この火傷が全身に広がっていって、丸焦げの姿を想像していたら頭を掴まれた。髪を引き千切ろうとすらする力で、と言いたくても言えない程の弱々しさが顔の横に添えられた。やめて欲しくないみたい。
ああ、愛してる
腑の底から爪先まで。
でも藤間でなくてもいいのかな。
分かんないや、ねぇ。
「ば……っか、ぁっっ、舐めんな……っ!」
「ん……やら、嫌に決まってる」
「ひぁぁ……っ!」
舌を這わせながら側頭部を掴む手を引き剥がして、薬指の付け根を思い切り噛んだ。薬指の径に沿ってぐるりと赤い輪が出来上がったのを見て満足するとガチガチに勃ち上がった竿を嫌ってほど丁寧に触れた。萎えていない、良かった。
最初はとろとろになった先っぽから、徐々に根本へ向かってゆっくり。焦らしてるって分かっていても火で炙った痛みと比べ物にならないのだから下手な文句も言えなくなってる顔を見て微笑んだ。
「ね、挿れたい……藤間」
力無く頭を振って拒むけど、別に許可を得ようとなんてしてない。今のは宣言に等しい。慣らしてないけど藤間には必要ない。痛いって分かればいい。俺とお前はいつだってこうであるべきなのだ。
ぐぅぅ、と捻じ込む先端に体重を乗せる。割れ目を押し開いて肉を裂き、動き易くなるまで浅い所を抉る。
「が……っぁ……ぅ!」
汚い声。でもやっぱりそれでいい。雌犬みたいに鳴かれても抱き潰してしまいそうだし、処女ならこのくらいでも許される。でも藤間は許さない。
「どぉ……?初めて、藤間のナカ」
熱くて狭い。
奥まで導いてくれるのに合わせて、ズッ、ズッと性急な律動に身を任せる。
俺が、俺だけしか知らない痛みだ。与えてあげる。俺なんかが受けたぜんぶ。ぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶ藤間にあげる。あげるからぜんぶのみこんで。吐いたらだめだよ、泣いてもダメだよ。ぜんぶちゃんとたべてぶち込んでやる。
「痛、かった、んだよ、毎日毎日、お前はさぁ、見ろよこれ、なぁおい見ろって‼︎」
シャツの前を捲り上げ、黄色と赤と、それから青の痣を晒させてヒステリックに叫ぶ男の声は耳慣れたいつもの罵声だった。やっている事は鏡越しのあいつで、殴っているのは俺?
もう理解したくない。考えられるか?あの藤間が俺の下で泣いてる最高だ仕方ないよなしようとしたけど無理だったんだよだってこんなにたくさん俺は殴られて来たのにその俺を今は俺が殴ってる怒りからでもなく悲しみからでもない何かで。
頭がヘンになってしまった。いやもうなってる。なってた。だったらなんだよ。当たり構わず振り回していたつもりの腕は全部が藤間めがけて飛んでいく。君の頬が赤く染まって綺麗だ。
「っ…… ぃっぐ、‼︎ゆ、た……ぁ……ぃた—— っ」
「なぁっ、俺どうしたらいい?どうしたらお前を殺さなくて済む?藤間、とうまぁっ‼︎」
限界だった。
首筋に指先が食い込むのを、じっと見ていることしか出来 ない。
もういい
ぜんぶいい
はやく
はやく
はやく
はやくおわって