ダイヤルを回す。男は無言の間を打ち破った。受話器を取って、番号を回す。習慣が触覚だけを使って目的地にかけ続ける。今日も平穏の間が訪れる。男が受話器を戻そうとする。通りが騒がしい。
「……あ、え?」
通話中を示すランプが点灯していた。繋がった。男が相手を確かめる。
「もう終わるんですか……?」
『まだだ』。低く不機嫌に沈んだ調子で送話器が音声を再構築して届けている。久々の仕事に上手く働いていないのかも知れないと男が感じたのは、ベルが再び鳴ったからだった。
違う。男は椅子から転げ落ちた。電話線を引き抜いて、取り落とした受話器を床に叩き付けた。ドアベルが鳴る。男は鳴り止むまでを怯えて耐えた。
窓の向こうがやけに騒がしい。遂に男は気が付いた。全て罠だった。
窓際を影が横切った。
ドアベルが鳴る。通りは静まり返った。
男はもういなかった。
「まだだ」
ドアベルの下で男が唸った。
「気の毒にな」
20
2023.8