二人は部屋を出てから歩き通しでそこを目指した。薮の先を掻き分けて着いたのは粗雑な遊び場で、秘密基地と美化されていることを除いても雨風を凌げる他は近寄り難い。一方で中はそれなりに整っていて、表側との乖離が著しい。ペンキか何かで出鱈目に塗り分けられた上から、トタンの覆う側面は強風に煽られて何度か貼り直したものが未だに残っていた。彼は大人しく着いて来た。
「入ってよ。そんなに虫は出ないから」
「……いつから」
「いつからだろ。前は誰か使ってたのかな。知らない。皆この辺りは詳しくないから、『秘密基地作ろう』って話してる。もうあるのに。でも知られたくないから言ってない。きっとすぐぼろぼろにされるよ」
「危ないだろ、それで怪我でもしたら」
「しないよ。したことないし、そんなもの持って来ない」
「お前がじゃなくて……人目の付かないところに一人で行くな」
「誰にも会ったことない」
「あるかないかじゃなくて、あるかも知れないだろ」
「だったら?」
「……だったら、って、何が」
「他に人がいて、危なかったら来なくて済んだのかな」
疎外感は日増しに大きくなり、いつからか逃走を促した。陸地に限度があるように、何処かの地点で立ち止まらなければならない逃走の途中に、ここがあった。まだ涯には辿り着かない。陽光があちこちの隙間から漏れ出して二人へ降り注いでいる。くり抜かれた光から少しでも離れる為に肩を丸め込んで蹲った。一方で彼は四肢を脱力させている。
「済んだかも知れない」
「……そうかな。あの坂の上から、下眺めたこと、ある?暗くなってから」
「殆どない」
「初めに行った時に見た。……怖かった。灯りって、冷たいんだね。虚しかった。あんな風に、見えるんだね」
初めて目にする光景の姿は、どんな日常が営まれていようと無慈悲に映った。
「……本当は、そうじゃないよ」
「でも」
「偶に考えた。兄弟でも双子とか、年子だったらとか。詮無いけど、考えてると馬鹿馬鹿しくてよく眠れた。眠らなければ良かったとか考えずに済むくらいには」
彼は唇を噛む。まだ瞼の裏には違う部屋が浮かんでいる。もう一度瞼を開いて欲しかった。
「嫌いでいいから……何処でもいいなら、行かないでよ……」
「嫌ってないよ。俺が嫌ってるのは俺だ」
「え……」
返って来たのは、視線での問いだけだった。『なんでだと思う?』。
「なん、で?」
「だから来るなって言ったんだよ。お前、やっぱり分かってない。何にも教えないと、こうなる」
仰向けの視界に鋭く陽光が突き刺さった。ぱっと色が途絶えたら、頭は突如としてひっくり返って天井を見ている。手足は微動だにせず、床に磔になったらもう出来ることはなくなった。
「……俺は羨ましかったよ。灯りってそういうものだろ。消したくなる」
実の血を分けた二人が同じ場所にいる。ただそれだけの確認には必要のない体勢だった。引き倒されて覆い被さる影に光が遮られた時、不思議と安堵した。もう眩しくない。でも夜にだけだ。あんな風に見えるのは夜だけだよ。
腕を伸ばして閉じ込め、抱き留めている背中に手を差し入れると、うっすらと盛り上がった痕に指が引っ掛かった。「二度と近付きたくない」理由の一端が余す所なく刻まれている。綺麗に染まったふわふわの髪が酷く懐かしい。生まれてからすぐにいなくなったと聞いた。だけどこの感覚は初めてのものじゃない気がした。彼は、一度同じことを犯したのだ。物心つく前か、詳しくは分からない。慣れた手付きに身悶えをする。行為はゆっくりとエスカレートしていったがもう全体の意味は考えなかった。拒まないこと、逃さないこと、嫌悪していないこと。これら以外の意味は消失した。彼にとって有益であろうとした。黙っていようにも、「外には聞こえてないから出してて」と囁かれる。辺りは束の間嬌声に包まれ、暫く何日かはそうして過ごした。隣にいる間、必ず体温の感触があった。胸元に埋まって、朝日を浴びた。瞼に羽虫の脚がちりちり這っている日もあった。
「兄さ……」
いつだったか、寝言を漏らした頃には既に体温は何処からもなくなっていた。サイレンに飛び起きたのはそれから更に何日もしてからだった。